2009年8月16日 (日)

ブルキナ野球っ子たちの夏休み

Blog081501

ブルキナファソの首都ワガドゥグで、
野球の技術やおもしろさと共に、チームワークの大切さや礼儀、努力する強い気持ちを伝えようとしている、すばらしい野球隊員さん(19年度4次隊)がいる。

彼は一つの大きな夢を成し遂げた。
「ブルキナファソの野球っ子たちに 日本で野球を見せたい、体験させたい―」

「アフリカ野球友の会」などの協力を得て、8月2日~11日まで実現したこの夢には、
もちろん、賛否両論があると思う。
この大きなチャンスを得ることができた子どもの選定、ブルキナに帰ってからの変化など、「ネガティブな影響はないのか」と問われれば、はっきりNOとは言えない。

ただ、

ただ、初日から2泊3日だけだが通訳ボランティアとして参加させてもらって僕が見た彼ら彼女らの笑顔は本当にすばらしくて、今も脳裏にやきついて離れない。

上の写真は、お気に入りの一枚。
野球の写真ちゃうやんっ と言われるかもしれないけど、千葉の海に行ったときの様子。

内陸国のブルキナファソから来た子どもたちにとって、生まれて初めての海。
写真は貝殻を見つけて喜ぶ様子。
他にも、砂にお城をつくったり、自分の名前を砂で書いたり、クラゲに興奮したり。
こわくて、全く海に近づけなかったのは最年少10歳の男の子。
お兄ちゃんたちに無理やり引きずり込まれて泣いてしまう場面も…
でも10分もしたら慣れて元気に泳ぐ。波がこわかったんかな?

あと、捨ててあるチャリンコをを見つけて、
「なぜあんなとこにあるんだ!?捨てたのか?流れついたのか?もったいない!
ブルキナでは35,000Fcfaもするぞ!持って帰ろう」
とわめいていたのはコーチとしてきていたブルキナ男性。
…ゴミを平気でそこら中に捨てる人ばかりのブルキナから来てるだけに少しおかしかった。

Blog061505 Blog081503_2

初日から3日間の予定は、

宿泊先の千葉習志野の野球チームとの合同練習(写真右)。
日本人、ブルキナベで組んで始めたキャッチボールでは自然と掛け声が聞こえ、言葉や国を越える野球、ひいてはスポーツのすばらしさを改めて実感。

同じく習志野の子どもたちと三角ベースを初体験。
バットもグローブもいらない。使用するやわらかいボールを交流後にもらったブルキナっ子たちはまさしく“ブルキナ三角ベース大使”。

Blog081506

元プロ野球選手からの野球教室ではみんな目がキラキラ。
写真はバッティング指導を受けるチームメイト(左端)を見守る子どもたち。

千葉・習志野に2泊した後は横浜に移動。
そのバスの中、海中トンネルを通り抜けているときにそのことを説明したときの、
ビクッ とトンネルを見上げてトンネル上部を見上げながら、祈るように手を組む子どもの反応が、ほんまにめちゃめちゃかわいい。

そう、この“素直さ”が、子どもに限らずブルキナファソの人々の最大の良さ。
自分を2年間支えてくれた、一回り成長させてくれた、彼らの魅力。

11日に帰国し、今もうすでにブルキナで野球の練習を再開しているという。
今年の夏休みはきっと、彼らにとっても、習志野の子どもたちにとっても、ブルキナファソにとっても、日本にとっても、新しい可能性の第一歩になってほしい。

**********************

明日8月16日(日)22:10~ BS1「地球アゴラ」という番組内で、
このブルキナ野球っ子たちの様子が紹介されます。
おそらく内容は横浜に移動後なので、僕はうつってませんが…。
ブルキナ野球っ子たちの日本での夏休みの様子、良ければご覧ください。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年7月11日 (土)

二つの歯車

日本に帰国して、東京での帰国手続きが終わって、
大阪の実家に帰ってきてから2週間が経とうとしている。

違和感を覚えると思っていた2年ぶりの日本は、
予想(期待?)に反して、すんなりと自分の中にはいっていく。

ものがあふれる街の様子、おいしい日本食、こころおちつく故郷など、
ひとしきり感動はするものの、
2
年間も離れていたにしては、その感動はあっけなく通り過ぎていく。

無事帰ってきた安堵感の中で、
何か大切なものがこぼれ落ちていっているような不安におそわれる。

僕は、たしかに2年間ブルキナファソにいた。
「変わってない」とも「成長した」とも言われる。
きっと、どっちも正しい。
でも、何が変わって、どこが成長したのかは、よくわからない。

「ブルキナファソ」にいたときの自分と、「日本」に帰ってきてからの自分。

それぞれの自分の中でまわっている、大きさも速度も全然ちがう二つの歯車。

実家に帰ってきて2週間弱。
ここにきて、ようやくその二つの歯車がかみ合ってきたように思う。

なんだかんだいって、生まれてから20年以上暮らした日本、
そこでの“歯車”が自分の中で 元のように動き始めるのは容易かった。
でも、今の自分には、2年前にはなかったもう一つのそれがあって、
それは「自分の国」を離れた今も、僕の中でたしかに動いている。

やっと時差ぼけもなおった。
その二つの歯車がかみ合う音を、暫し楽しもうと思う。
そして、そのいくつかの音をこのブログで紹介していこうと思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月26日 (金)

2年ぶりの帰国

6月24日18時過ぎ、2年ぶりに無事帰国しました。

今日は東京3日目。
ラーメン、寿司、居酒屋と順調に日本食を楽しんでます。
食欲とまらず。

…でも今日は朝から健康診断なので、朝食抜き。

土日は東京生活を楽しみ、月曜午前の進路セミナーに参加して、午後に帰阪予定。

取り急ぎ、帰国報告まで

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月22日 (月)

遠征先にブルキナを選んだ理由

6月13日~23日の日程で、17歳以下(U17)のサッカー日本代表がブルキナファソに遠征に来ている。(→代表メンバー一覧

有名なのは、もうすでにJリーグの試合に出ている、ガンバ大阪の宇佐美くんや京都サンガの宮吉くんなど。自分の帰国ぎりぎりにこんなチャンスがあることはとても嬉しいが、正直「なんでブルキナに遠征?」というのが、ブルキナ在住日本人の率直な疑問…。

そこで予想した理由は3つ。
①今年10月にナイジェリアで開催される、この世代のワールドカップに向けて。
②U17ブルキナ代表チームは、この間のU17アフリカ大会でベスト4と強豪。
③20日のW杯予選ブルキナvsコートジの観戦を兼ねて。

木曜日に大使館職員宅で両国代表選手を招いたレセプションがあり、協力隊員も通訳を兼ねて呼んで頂いた。

そこで、日本サッカー協会スタッフの方と話す機会があったので、
上の疑問をぶつけてみると、
「もちろん、ナイジェリアでのU17W杯に向けた強化のため。ナイジェリアでできるのがいいが、ブルキナファソを選んだのは、治安が良いから。」

6年前にブルキナに遠征していることも決め手の一つとのこと。
サッカー協会内で、そのときの経験を活かせることができるから。
ちなみに、上の②、③の理由は“たまたま”だったらしい。

この他にも、
・アフリカなど海外での遠征先ではトラブル(試合会場の突然の変更、対戦相手が来ない、等)が付きものだが、このチームのスタッフは動じず冷静に対応ができること、
・昔の若い子はすぐに体調崩したりしたが、最近の子は強いこと、
などのお話を聞くことができた。

ワガドゥグ市内で行われた練習試合も2試合観戦。
結果は両方とも1-0で勝利!
在ブルキナ日本人の応援チームは若い日本代表のプレーに一喜一憂。
ブルキナチームもうまかった!

***************

昨日20日は、W杯アフリカ予選ブルキナファソvsコートジボワール戦を観戦。

予想以上の盛り上がり、大人気で、
チケットはあっという間に売り切れで買えず、
前回の日記で予告していた「AEMO青少年を連れて観戦にいく計画」は断念。

ただ、同期隊員の知り合い経由でチケットが数枚手に入り、僕は同期隊員と観戦することができた。

先制されるも前半のうちに追いつくという白熱の戦いは、
後半に2点とられ、1点返すも、2-3で惜敗…。

1位のみがW杯出場権獲得という状況の中、ブルキナファソは1位コートジに勝ち点3差をあけられて現在2位。予選3試合が終わって、残り3試合。

「すぐに俺たちもW杯に行くから、待っててくれ!」
と、日本のW杯出場決定を祝福してくれて、意気揚々だったブルキナベたち。
残念な結果やけど、強豪相手の善戦にどこかすっきりした顔をしてた。
(むしろ、うちらの方が「次があるさ」と励まされ…。)

ところで、3月末のコートジボワール・アビジャンで行われたW杯予選では観客の将棋倒しで死者が出たこともあり、スタジアムは大警戒だった。入場管理も厳しく、なかなか入れず。JICAからも厳重に警告されてて、最大限の予防をしていったが…

入場までの押し合いへしあいの中で、デジカメ、チケットを盗まれた…!
チケットはダフ屋から4倍の値段(といっても、100円→400円)で再購入して結局観戦できたけど。

ということで大興奮のスタジアムの写真はなし、ということで。
この大興奮、大混乱のスタジアムにAEMO青少年を連れていけなくなったのは良かったのかもしれない。

U17 Etalon_2

(写真左)U17サッカー日本代表戦。
(写真右)街中には先週から急にブルキナ国旗が増えた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年6月16日 (火)

全てが報われる言葉

仏語レポートは、AEMO所長の添削も終わり、あとは最終チェックとコメントをもらうのみ。

そんなAEMOでの活動も、先週金曜日の送別会をもって、“一応”終わった。

こっちでは、“送られる人”が、同僚や友だちを招いて、食事や飲み物を振舞う。
僕も、金曜日の勤務後、同僚や所長を職場近所の飲み屋に招き、鶏肉や串焼肉を振舞った。

Fete04_2  Fete01

【左写真】職場近所の飲み屋にて。
仕事終わりで疲れているにも関わらず、出張中の同僚一人を除く全員の同僚が参加してくれた。職業訓練でAEMOに教えに来ている職人の先生や、識字教育の先生、フランス人の研修生、数日前に転勤になった秘書なども来てくれた。
(ちなみに、写真で水玉になってるのは、空気中の砂に反射してるから。ブルキナでフラッシュたくと大抵こうなる。)

【右写真】同僚みんなからの送別のプレゼント!
左は手渡してくれるAEMO所長。

Fete02 Fete03

プレゼントはブルキナの国が描かれた皮の壁掛けと、伝統的な服!それを着て、同僚に促されるまま、苦手なダンス…♪って言っても、音楽に合わせて各々ノリノリで体を動かす感じ。この2年で、テンポのいい音楽が流れてきたら体を動かすクセがついてしまった…。

***********

その前日の木曜日には、午前中に突然「職員会議をする」と言い出した同僚たちに許可をもらって、青少年らを連れてサッカーへ。
手には、同僚が約束どおり買ってくれた新品ボール!
(トビオっていうメーカーので、めっちゃ高価!もちろんパキスタン製。)

Football02 Football_2

「このボールは先生たちが買ってくれました。あとでお礼言っとくように!大切に使えよ!」

青少年らを座らせてこう話し終わると、終わるのを待っていたかのように一人の子が代表して話し始めた。

「ケン、僕らは君が日本に帰るのにあたって、何もあげることはできない。でも、君は僕らのためにいろいろしてくれた。だから、お礼を言いたいんだ。」

予期せぬ、青少年らからの温かい言葉。そして拍手。
代表してその言葉をくれたのは、カデル(右写真の左端)。
小学校をちゃんと出ていて、AEMOの青少年らの中では仏語がちゃんと話せる子。
「おれがしゃべりたい!」と言う子もいる中で、周りの子らの推薦を受けて、丁寧な仏語でこの言葉をくれた。

感動しながら聞いたので、一言一句覚えれなかったのが残念。。
でも彼らの気持ちはしっかり受け取った。2年間で一番嬉しい出来事だった。

どおりで、今日は素直に座って話聞くと思ったわ…

***********

“一応”終わった、というのは、まだ報告書提出が残っているのと、同僚に
「次の木曜日(18日)もサッカーしに来てや!」って言われたから。

プラス、今週土曜日(20日)にワガドゥグで行われるW杯アフリカ予選「ブルキナファソvsコートジボワール戦」にAEMOの青少年15人を自腹で連れて行こうと計画中だから。

大混雑が必至の運命の一戦。

AEMOからスタジアムまで青少年らを連れて行く車を配属先省庁から出してもらえるから心配やったけど、一昨日土曜日にAEMO所長がわざわざ電話をかけてきてくれて、
「車の手配はOK!」とのこと。

あとは前売りチケットを買って、応援フラッグを用意して、連れて行く青少年を選んで…

帰国まで一週間をきったけど、ギリギリまで活動。
首都隊員だからこそできること。帰国前ギリギリにこういう機会があるのもラッキー。

同期隊員(2年前一緒にブルキナファソに赴任し、来週一緒に帰国する、ほんとに大切な隊員さんたち)のほとんどは、“最終上京”で今日ワガドゥグに上がってきた。
いよいよ、ほんとに帰国。来週の今頃はパリ行きの飛行機の中。
全然、実感がわかん。。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

«鉄のボール