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2008年10月

2008年10月27日 (月)

ニーズアンテナ

「ニーズなんてどこにもあるし、どこにもないようなもの。
どのニーズに焦点をあてるか考えるときに期間や予定をあんまり気にせずに、
とにかく取り組んでみたい、助けたい、買えたいと思うニーズはなにか考えてみるべし。」

(一昨年、パキスタンで活動中に背中を押してくれた一言。)

「ニーズ」とは、支援の対象者にとって必要なこと、必要としていること(Needs)です。

例えば、
マラリアが多発している地域では、マラリア原虫を媒介するハマダラ蚊を防ぐために住民には「蚊帳」必要。

大災害が起こって家に住めなくなった人にとっては、一時避難する場所、食事、ケガの手当てが必要。数日経ち避難生活が安定すれば、「心のケア」の比重も大きくなります。そして住宅の再建、もしくは新居を探すことが必要。

最寄の小学校まで徒歩2時間もあるから通えないという村の小学生(またその家族)にとっては、近くに小学校が新しく建築されることが必要。そしてそうなるともちろん、学校設備、先生が必要。

ニーズが明らかであるとは限らない。
短期間では気づかないニーズ、
何かあげて作って終わりじゃなく、中長期的視点での支援が必要なニーズもあります。

また被支援者は「必要だ!」と言っていても、それが本当にその人たちのためにならないのでは…と思われる場合も。(食糧不足だからって、お金や食糧をどんどんあげることが本当にその人たち、その地域の現在、将来のためになる??)

さて、僕の活動先AEMOでの「ニーズ」は??

まず、誰にとってのニーズか。
もちろんAEMOに来る青少年たち。
でも青少年らのそのときのニーズを満たしても、それはAEMOという“組織のニーズ”を満たしているとは限らない。

例えば、毎週行っているサッカー活動は青少年たちに大人気(ちょっと得意気)。
でもそれがAEMOという組織が望んでいることなの?と聞かれると正直自身がない。所長は影ながら絶賛してくれるが、同僚の反応はイマイチ。「好きにやれば」という感じ。
まぁ、青少年が喜んでくれて楽しみにしてくれるから好きにやらせてもらうが。
AEMOの業務の枠組みに、スポーツ活動の予算がなく、人材(指導者、担当者)もいない。つまり僕にはカウンターパートと呼べる人がおらず、来年帰国したらどうしようという状態。

「今」が大事。

でも、「今」だけでいいのか?「残ること」をしないと意味がないんちゃうか?

そんなことを思い悩み、単発的なことをすることに気が進まず、何とか同僚を巻き込んでいこう試みるがあまりの関心のなさに呆然とし、所長に相談しても「命令して無理やりさせるわけにはいかない」と返される。

結論。

正直どうしていいか判断つけれない(この1年3ヶ月ずっと)。
が、とにかく「今」に向かい合おう。青少年らのニーズに向かい合おう。

…ただ、彼らのニーズはほんまにバラバラ。

*****************

Photo (写真)AEMOにて識字教育の授業中。

AEMOでは、午後15:00~16:30は識字教育(現地語)の時間です(木曜日除く)。
でも先週の火曜日は先生が来なかったので、代わりに僕が「名まえの書き方」を教えました。自分の名前も書けないことが多いAEMO青少年。少し嬉しそうに、少し照れながら名まえを黒板に書き、読み上げる練習をしました。
「こんなん余裕や!!」といった様子の子もいれば、
「これで合ってる!?」と自分で書き上げた自分の名まえをしきりに気にする子も。

そして、青少年らのリクエストにこたえて、「数字」を教えました。
「1  2  3  4  5」と書いた下にまずは仏語で、
「un  deux  trois  quatre  cinq」 次に英語を知りたいとの声。
「one  two  three  four  five」 するとなんと次は日本語…!
「一  二  三  四  五」
何度も復唱する青少年たち。実は高い学習意欲を持っています。

Photo_2 次の日、一人の青少年が「昨日のを(今度は)ノートに書いてくれ。」と頼んできました。彼はそれを切り取り、他の青少年に自慢してました。

英語、ましてや日本語を覚えたところで生活の“役には立たない”。AEMOの組織としてのニーズも皆無。でも学びたがっている子がいる。

…“青少年活動”のニーズは難しいです。でも僕はこのニーズにこたえることができるし、そのことを自分自身楽しんでいる。単発的で、持続性もないが、日本人ボランティアとしてこたえるべきなのでは…?

Photo_3 識字教育で使っているノート。
所々に、絵の落書きが見られます。

これは、「絵を描きたい!」というニーズの表れ??

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2008年10月24日 (金)

気になるサッカーの話題×2

気になるサッカーの話題を2つほど。

まず一つ目。

「2010年W杯アフリカ最終予選組み合わせ決定!!」

9月6日の記事でも紹介した我らが「エタロン(ブルキナサッカー代表チーム)」
最終予選の相手は、

コートジボワール(因縁の隣国!!)
マラウィ
ギニア

に決まりました。

この4カ国総当り戦で1位になったチームのみが、他の4グループの各1位と共に2010年南アフリカW杯に出場できます。
大本命は何といっても、コートジボワール。
エタロンはどんな戦いを見せるのか…。
「エタロンはホームでイボワリアン(コートジ人)に強い!」というブルキナベの言葉を信じて期待しましょう。このブログをご覧の方、一緒に応援してください!!

ちなみに、「エタロン」とは仏語で「種馬」という意味です。

Monsyou 左がブルキナファソ国の「紋章」。意味は「日本ブルキナ友好協会ホームページ」参照。

気になる話題、2つ目。

「ガンバ大阪、浦和レッズに勝ってACL決勝進出!!」

いやぁ、多分この感動はなかなか伝わらないんちゃうかな、って思うけど。
我がガンバ大阪がACL(アジアチャンピオンズリーグ)準決勝第2戦で浦和レッズに勝ち、決勝進出を決めました!大事なところでライバルレッズに勝てた(しかも逆転勝利!)ことが何より大きい。そして優勝すれば、「アジアNo1のサッカークラブ」。

Jリーグチャンピオンとはわけがちがいます、“アジア”チャンピオンです。
まぁ、ヨーロッパ、南米のレベルとは到底比較できないけど…
とにかく!日本を代表するクラブチームを応援しましょう。
決勝戦は、11月5日(ホーム)、12日(アウェイ)、相手はアデレード(オーストラリア)です。

あぁ、伝わらないやろうな、この興奮…。
まぁいいです、「へぇ、ガンバ大阪の大ファンなんや」てことがわかってもらえれば。
“自分紹介”のページなので。

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2008年10月23日 (木)

【10/23】旧友との再会

AEMOは、Action Educative en Milieu Ouvert(開かれた場での教育的活動)の略で、宿舎付で対象者を限定した支援ではなく、7:00~17:30に不特定多数の青少年が出入りする、文字通り「開かれた場」です。

「あれ、朝いた子がいなくなってる」とか、

「おまえ、いつからおってん」とか、

「あいつ、最近見かけへんなぁ…」とか、

「おっ、久しぶりやん!」などなど思うことがしょっちゅうあるわけです。

今日、サッカーをやっているときも、以前はAEMOによく顔を出していた青少年(20歳近い?)が久々に顔を見せました。よく見ると、少しやせたような気が…。

聞くと、なんと6ヶ月間も刑務所にいた!?

AEMO青少年、たしかにしょっちょう逮捕されます。
ほとんどの理由が「身分証明書不所持」
でも大抵は、数日~数週間で出てきて、「今日マコ(刑務所の名まえ)から出てきたんだ~。全然食事してないから、腹減った!」と言っています。

今日の青少年も逮捕理由は「身分証明書持ってなかったから」と言ってたけれど、あとでAEMO同僚に聞いたところ、「麻薬の密売をしてたから」なんだとか。

「刑務所にいるあいだに2人死んだよ…」
そういって挙げた2人の名前は知りませんでしたが、彼の路上仲間のようでした。

さて、現在AEMOにコンスタントに来ている青少年らの中には長いこと通っているものもいて、彼らにとってはこの青少年は“旧友”。再会を笑顔で喜んだり、しんみりと話し込む姿が見られました。

「刑務所から出てきた旧友との再会」がもたらすものは何か。喜びで終わるのか。

サッカーを終えてAEMOに帰ってくると、これまた6ヶ月ぶりに刑務所から出てきた青少年に会いました。向こうから「Ken!」と挨拶してきてくれたけど、始めは彼だとは気づかず。それほど顔が変わってました。やせて、どこか生気がない。
彼は、「出所証明書」を持ってたので見せてもらうと、たしかに4月から6ヶ月間刑務所にいてる!一体、どんな生活を送っていたのだろうか…彼らの中で何か変わったんかな?

タバコ、シンナー、ドラッグ、どれも“仲間”の影響が大きいです。
今回6ヶ月ぶりに戻ってきた青少年らは、AEMOの今の青少年らの生活にどんな影響を及ぼすのか。

とにかく、手始めに、サッカーのグラウンドで思いっきりタバコ吸ってました。
グラウンドでは絶対に吸わない他の青少年らがハーフタイム休憩してる横で…。
このヤロウ…。

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2008年10月18日 (土)

遺志は継がれているか

Photo

1987年10月15日、ブルキナの偉大なる革命家が暗殺されました。

彼の名は、トーマス・サンカラ

1983年から亡くなるまでの4年間ブルキナの大統領を務め、死後21年経った今なお多くの国民を支持と尊敬を集め続ける、文字通り「英雄」です。

彼は1983年、仲間とともにクーデターを起こし、大統領に就任、84年には当時「オートボルタ」だった国名を今の「ブルキナファソ(『高潔な者たちの国』の意味)」に変えました。
そして、農業、教育、保健医療、インフラ整備…、4年間でブルキナは大きな成長を遂げました。

去年、サンカラのドキュメンタリーを見ましたが、仏語が聞き取れなくても映像からわかったのは、サンカラはブルキナ国民の「自立心」「自尊心」をとにかく育てようとしたということ。
ブルキナに限らず、多くのアフリカ諸国は旧宗主国による管理がいたるところに残っていて、経済面でも社会面でも大きく依存したまま。独立後もいつまでもアフリカを支配下においておきたいヨーロッパの陰謀?

Photo_2

わずか4年で大きな成果を挙げ、国民に自信と希望を持たせたサンカラの改革は、「親友の裏切り」によって終わりを遂げました。
サンカラと共に革命を起こし、4年間共に改革を進めてきたブレーズ・コンパオレ(上写真左端)。
「サンカラ大統領が独裁的且つ行き過ぎた社会主義路線をとっているとして同政権をクーデターにより打倒」し、サンカラを含め革命の同志13人を殺害しました。
90年サンカラがとってきたマルクス・レーニン主義を放棄、91年大統領に就任。

それから現在まで、コンパオレはいまだに大統領の地位にいます(現任期は2010年まで)。

サンカラのとった改革は、旧宗主国フランス支配からの脱却を図った先進的なもので、それはフランスと密接な関係にある近隣アフリカ諸国の政権、そしてフランス本国政府にとって脅威そのもの。そこからコンパオレに、サンカラ暗殺の指令が…!?

さて、前置きが長くなってしまいました。。。
そうして、もとの「ふつうのアフリカ」に戻ってしまったブルキナファソ。
偉大なる指導者を慕う声はいまだに多くの人(ほぼ全員?)から聞かれます。
サンカラとその仲間の墓地で開かれた、今年の没後21周年セレモニー(15日)にも多くの人が参列していました。

12 2007

写真左、セレモニーにて。中央がサンカラのお墓。その周りを同士の墓が囲む。
写真右は、去年の12月に撮ったもの。20周年仕様。どうやら毎年10月15日に塗りなおしているみたい。

不思議なのがこのセレモニー、明らかに「アンチコンパオレ」「現政府への抵抗勢力」のはずなのに、取り締まり一切なし。しかも国家歌ったり、装飾もしかっり行い、演説もあり、と大々的な内容。

そういえば、新聞・雑誌でも「親サンカラ・反コンパオレ」のものをよく見かけます。
あまり厳しくないみたい。(明らかな国民の反発を避けるためか…。)

演説中は、サンカラを称える言葉が飛び出すたびに、まわりから拍手と大声援。
「メルシー!メルシー!イャー!」
政府テレビのカメラマンも参列してたけど、立ち上がると大ブーイング。
「帰れ、コノヤロー!」

周りに集まった人は、老若男女様々。
おそらく、年配の方は、当時の思い出などにひたっているのでしょう。

じゃあ、10代、20代の若者は?当然、当時の記憶なんてないか、あやふや。
(ちなみにサンカラ殺害時、僕はは4歳)
サンカラの偉業そのものを称える、彼の遺志を継ぐ、というよりも、一種の「マスコット化」してるのではないかという印象を受けます。
それを最も感じたのが、セレモニー後のサンカラ墓前での記念撮影。

おい、墓に足かけんなよ…。いや、上乗ってしまってるし…!

物価高騰に対するデモのときも、単なる破壊を楽しむ若者(不良青少年)が暴れるけど、サンカラにしても生活が苦しい若者に単に担ぎ上げられているだけではないか。
彼の思想、遺志は隅に寄せられて…。
ふと、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラが頭をよぎりました。
Tシャツや帽子でよく見かけ、いまや「ファッション」になっている人気革命家。
仕方ないんかな~。そういう自分もサンカラやゲバラの功績、思想をちゃんと知ってるわけではないけど、でも年月が経っても慕われている彼らにとても好感をもってるし。

彼らの遺志はどう受け継がれていくのか。これからの世界をどう変えるのだろうか。

Photo_3 サンカラがプリントされたTシャツを着た支持者。
通称サンカリスト。

「自分も欲しい!!」というと、「サンカラ党(ブルキナ野党。サンカラの弟が活躍中)」代表が出てきて1枚くれました。

ラッキー♪ …単なるミーハー。

Photo_4 セレモニー参列者に向けて、サンカラブロマイドを販売する人。この他にも、サンカラ演説集なども。

1枚300Fcfa(75円)。
明らかに写真の写真やけど…2枚買いました。
商売上手やねぇ…

…って、そこ人んちの墓やん!!

Photo_5 セレモニーは16時から約1時間でした。
セレモニー後は、学校帰りの小学生の姿もたくさん。

「この人、だれか知ってんの?」と聞くと、
「…プレジダン(大統領)。」

この子たちがこれからブルキナをどう変えていくのかだろうか。

トーマス・サンカラについてさらに知りたい方は、
「世界の半分が飢えるのはなぜ? 【著】ジャンジグレール【訳】たかおまゆみ 合同出版」
(P.134~151)がオススメです。

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2008年10月17日 (金)

どれだけ心をこめたか

「どれだけ大きなことをやったかではなく、どれだけ心をこめたか」

これは、先月末に任期を終えて帰国された先パイ隊員さんが帰国報告会で残していった言葉です。

その報告会以来、この言葉がずっと言葉に残っています。
それはきっと自分がこれまで、「成果」や「人の評価」ばかりを気にしてきたから。
そして当然のごとく、そこから満足感、達成感を得てこなかったから。

きっと、これまで「偉業」と呼ばれることを達成し、尊敬を集める人でさえ、「何か大きなことをやってやろう!」と思っていたとは限らず、自分の好きなコトに情熱をかけ、“心”をこめつづけた結果、そこに行き着いただけではないだろうか。

何を成すにも最も必要で、自分に最も欠けていたモノを示してくれたこの一言。
これからの座右の銘にします。

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さて、ながらく更新が滞っていました。ごめんなさい。
PCの故障が原因でしたが、先パイ隊員さんより1台売っていただき復活です。
ついでに先月末デジカメも日本より到着。
これからは写真つきで、こまめに更新していきます。
手始めに、ページデザインを新しくしました。どうでしょう?
このブログもあと9ヶ月、より心をこめて、お送りしていきます。乞うご期待!

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1016_3
今日は木曜日。
いつもの「サッカーの日」でした。

…にもかかわらず、朝からちょっとしたことが重なり、元気が出ない。
これではAEMOの子らの威勢に押し切られてしまう~、と思ってたけど、
いつもの貸し出し不満もうまいこと対処でき、
ゲームの審判も青少年のうちの一人にまかし、
3-2というちょっと白熱したゲーム展開にAEMOチルドレンは勝手に盛り上がる…

力まず、少し肩の力抜けてたのが良かったのかな、と思える一日でした。

いつもサッカーをしている場所は、AEMOより徒歩3分の小学校の運動場。
(ブルキナの小学校は木・日曜日がお休み。空いてれば基本誰でも使用可。)
運動場からAEMOに帰ってくると、所長と受付のおばちゃんを残して職員全員帰宅済み。
サッカー参加者(見学者含む)に、夕方の食事チケット(これを近所の食堂で食事と交換:150Fcfa(約35円))を配れない…!

所長に「どうしましょう…」と相談すると、

所長「(他の職員は)なんで帰ってんねん!チケットを配ることだけが仕事ちゃう!ワシが若いころ、走れたころには毎日子どもらとサッカーしてたぞ。サッカーが好きやからとちゃう、サッカーを通して子どものことを知ることができるからや!!」(筆者要約)

とまあ、僕の言いたいことを見事に言ってくれました。
でも所長、嬉しいんですが、いくら言ってもチケットは鍵のかかった引き出しの中なわけで…(鍵を持った職員は帰宅済み)。

仕方なく、「明日の昼に、今日の夕方の分も渡すよ」と青少年らを説得して一応解決。

所長は去年足を手術して、今は片足が義足です。
若かりしころの所長が今のAEMOにいたら自分の活動はどうなってるだろなぁ、と考えたりもするけど、そんなん言うても仕方ないので、自分のできる範囲でがんばろう。
とにかく、情報共有のため、毎週観察レポートを所長に提出するようにしてます。
(毎回、訂正されまくて返されるけど…。)

うーん、今日はちょっと“心”不足やったかな…。
さぁ、また来週!

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