ニーズアンテナ
「ニーズなんてどこにもあるし、どこにもないようなもの。
どのニーズに焦点をあてるか考えるときに期間や予定をあんまり気にせずに、
とにかく取り組んでみたい、助けたい、買えたいと思うニーズはなにか考えてみるべし。」
(一昨年、パキスタンで活動中に背中を押してくれた一言。)
「ニーズ」とは、支援の対象者にとって必要なこと、必要としていること(Needs)です。
例えば、
マラリアが多発している地域では、マラリア原虫を媒介するハマダラ蚊を防ぐために住民には「蚊帳」必要。
大災害が起こって家に住めなくなった人にとっては、一時避難する場所、食事、ケガの手当てが必要。数日経ち避難生活が安定すれば、「心のケア」の比重も大きくなります。そして住宅の再建、もしくは新居を探すことが必要。
最寄の小学校まで徒歩2時間もあるから通えないという村の小学生(またその家族)にとっては、近くに小学校が新しく建築されることが必要。そしてそうなるともちろん、学校設備、先生が必要。
ニーズが明らかであるとは限らない。
短期間では気づかないニーズ、
何かあげて作って終わりじゃなく、中長期的視点での支援が必要なニーズもあります。
また被支援者は「必要だ!」と言っていても、それが本当にその人たちのためにならないのでは…と思われる場合も。(食糧不足だからって、お金や食糧をどんどんあげることが本当にその人たち、その地域の現在、将来のためになる??)
さて、僕の活動先AEMOでの「ニーズ」は??
まず、誰にとってのニーズか。
もちろんAEMOに来る青少年たち。
でも青少年らのそのときのニーズを満たしても、それはAEMOという“組織のニーズ”を満たしているとは限らない。
例えば、毎週行っているサッカー活動は青少年たちに大人気(ちょっと得意気)。
でもそれがAEMOという組織が望んでいることなの?と聞かれると正直自身がない。所長は影ながら絶賛してくれるが、同僚の反応はイマイチ。「好きにやれば」という感じ。
まぁ、青少年が喜んでくれて楽しみにしてくれるから好きにやらせてもらうが。
AEMOの業務の枠組みに、スポーツ活動の予算がなく、人材(指導者、担当者)もいない。つまり僕にはカウンターパートと呼べる人がおらず、来年帰国したらどうしようという状態。
「今」が大事。
でも、「今」だけでいいのか?「残ること」をしないと意味がないんちゃうか?
そんなことを思い悩み、単発的なことをすることに気が進まず、何とか同僚を巻き込んでいこう試みるがあまりの関心のなさに呆然とし、所長に相談しても「命令して無理やりさせるわけにはいかない」と返される。
結論。
正直どうしていいか判断つけれない(この1年3ヶ月ずっと)。
が、とにかく「今」に向かい合おう。青少年らのニーズに向かい合おう。
…ただ、彼らのニーズはほんまにバラバラ。
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AEMOでは、午後15:00~16:30は識字教育(現地語)の時間です(木曜日除く)。
でも先週の火曜日は先生が来なかったので、代わりに僕が「名まえの書き方」を教えました。自分の名前も書けないことが多いAEMO青少年。少し嬉しそうに、少し照れながら名まえを黒板に書き、読み上げる練習をしました。
「こんなん余裕や!!」といった様子の子もいれば、
「これで合ってる!?」と自分で書き上げた自分の名まえをしきりに気にする子も。
そして、青少年らのリクエストにこたえて、「数字」を教えました。
「1 2 3 4 5」と書いた下にまずは仏語で、
「un deux trois quatre cinq」 次に英語を知りたいとの声。
「one two three four five」 するとなんと次は日本語…!
「一 二 三 四 五」
何度も復唱する青少年たち。実は高い学習意欲を持っています。
次の日、一人の青少年が「昨日のを(今度は)ノートに書いてくれ。」と頼んできました。彼はそれを切り取り、他の青少年に自慢してました。
英語、ましてや日本語を覚えたところで生活の“役には立たない”。AEMOの組織としてのニーズも皆無。でも学びたがっている子がいる。
…“青少年活動”のニーズは難しいです。でも僕はこのニーズにこたえることができるし、そのことを自分自身楽しんでいる。単発的で、持続性もないが、日本人ボランティアとしてこたえるべきなのでは…?
識字教育で使っているノート。
所々に、絵の落書きが見られます。
これは、「絵を描きたい!」というニーズの表れ??










