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2009年3月 7日 (土)

がんばれ、がんばれ

隊員が活動している医療施設を2つ訪問した。

1つ目は同期の理学療法士隊員さんが活動しているカトリック系リハビリセンター

この日は、背中の筋肉が胸の筋肉よりも強いために、胸が開いた姿勢のままの男の子が連れられてきた。さらにこの子は生後30分間泣かなかったために脳性マヒになり、目が見えず、耳も聞こえない。

まずは全身のマッサージから。ゆっくりと体をほぐしていく。
次に座らせたりうつ伏せにしたりして、腕で体を支える練習。
…でもすぐに胸が開いて、パタンって倒れてしまう。
名前を呼んだり、手をたたいたりして励ますけど、聞こえてない。
聞こえてないけど、励まし続ける同期隊員の診療の様子がとても温かかった。

診療を続けてきたことで、少しずつ体がやわらかくなってきているらしい。
いつの日か座って、立って、歩けるようになる日が来るのだろうか。
いやもしその日が来ても、ただでさえ食べること、仕事を続けることが困難なブルキナでこの子はどのようにこれから生きていくのだろうか。

Ocades_2 ビーチボールを使ってマッサージ。

2つ目は、CRENという栄養不良児回復センター
ここで、保健師の先輩隊員さんが活動している。

ここに入院している、もしくは通ってくる乳幼児はみな、栄養不良が原因で「その年齢で達していなければならない体重」にはるかに及んでいない。栄養不良児特有の、手足が細く、おなかがパンパンに膨れた子どもたちがお母さんに寄り添われ、CRENに集まっている。手遅れの子、うまく栄養回復しない子も少なくなく、先輩隊員さんはここで亡くなった子を何人も見ているらしい。

なぜ、栄養不良なのか。
食糧不足かと思いきや、先輩隊員さん曰く、
「村や家にあるもので十分栄養のつくものは作られるが、作り方を知らない、知識がない」とのこと。

センターに着いたらまず体重測定。
天井から布袋を吊るし、そこに子どもを入れて測る。
「おっ、順調にふえてるね~」
「あれ、あんまり増えてない…。下痢してた?」
そんな会話を交えながら記入する母子健康手帳を見ると、「+200(g)」「-300(g)」などの記録が並んでいる。それらをグラフにしたものをみると、「年齢の割に低体重」「年齢の割にとても低体重」のモデルグラフが書かれているのだが、子どもたちの体重グラフはそれをはるかに下回っている。

Garango02_2 Garango03_2

左写真奥のお母さん、ミルクが中心の栄養飲料を子どもに無理やり飲ませる。飲みたがらない子ども口に流し込み、ほっぺたを両側からおさえて、鼻をつまんで、飲み込ませる。もちろん子どもは泣きわめきながらなので、
「ウェーーーンウェーーーン、ボゴボゴボゴボゴ……」
と、おぼれたような声がCRENに響き渡っていた。
母は強し。

右写真の子はもう3歳になるのに、この小ささ。
まだ歩けず、しゃべれない。
順調に回復してきてはいるが、まだまだ。

数百グラムの成長を温かく見守るCREN。
まだ弱いながらも時折かわいらしい笑顔を見せる子どもたちと、それをながめ微笑むお母さん。大変やけど、厳しい生活やけど、でもとても温かい気持ちになるセンターだった。ここにいると、ダイエットで数キロ痩せた太ったと言っている生活がとても能天気に思えた。

リハビリセンターでもCRENでも、自分はたまに子どもに話しかけながら、ただただ「がんばれ、がんばれ」と思うことしか出来なかった。
子どもたちは、もう精一杯がんばってるのにね。

でも、それでも思う。願う。 がんばれ、がんばれ。

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2008年11月 8日 (土)

ブルキナでお昼に食べてるもの

はい、というわけで、タイトルそのまま「ブルキナのお昼ごはん」を紹介します。

AEMOでは毎日、受付のおばちゃんがスタッフの分のお昼ごはんを近所の路上レストランで買ってきてくれます。このレストランは、AEMOの食事チケットを取り扱っているとこと同じ。つまり、AEMOの青少年らとおなじものを食べています。
(但し、量が多かったり、魚や肉がついたりする。)

AEMOスタッフに協力してもらい、突撃AEMOの昼ごはん!

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まず、一食目。「イニャム」
“やまいも”です。さつまいもに似てます。これにソース(トマトなど)をつけて食べる。
肉(牛、羊)をトッピングするのが一般的。
僕のお昼は最近コレ。

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二食目、「リグラ」。“リ”=“米”、“グラ”=“脂身”の名の通り、油、ブイヨンで煮たライスです。これに野菜や、肉をトッピング。やっぱり脂っぽい。トマトベースが主流。
僕はここのリグラは苦手。半分以上残します。でも店によったら、お皿一杯では足りないと感じるほどおいしいところもあり。

この他、米系では、「リソース」(ソースをかけたごはん)があります。ソースはトマト、落花生、オゼイユ(スイバ)など。これにちなんで日本人間では、カレーライスを「カレーリソース」 と呼ぶこともあり。

米は主食の一つやけど、白米のみで食べることはないです。
味はまあまあ。ブルキナ各地で栽培してる。
我が家では、5kg3750Fcfa(約950円)のタイ米をおいしくいただいてます。

Photo_3

続いて、 「アチェケ」
マニョックというイモの粉からつくります。パラパラしてる。栄養価はゼロに近いらしい。
これに野菜、魚をトッピングし、ソース(しょうゆのような)をかけて食べます。
ソースが大きく左右する。コートジボワール原産。
僕は一時期こればっかりお昼に食べてました。

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最後に「トー」。好き嫌いが分かれる。
作り方は、水を沸騰させ、とうもろこしの粉をいれて、ひたすらかきまぜる!
すると粘りがでてくる。いくつか塊をとっていき、冷ます。出来上がり。
これに、ソース(オクラ、落花生、オゼイユなど)をつけて食べます。
トー自体は味がないねんけど、今日このトーを食べていたAEMOスタッフはガーナ国境近くの出身で、その地域では何もソースをつけずに食べるのだとか。魚(写真左)をおかずに食べてました。

他にも、「スパゲッティ」「マカロニ」もあるけど、茹で過ぎでふにゃふにゃ。
なので、僕はあまり食べません。

ブルキナ料理を食べるのは、お昼だけ。
朝はフルーツ(バナナ、小メロン、時期によってマンゴーなど)、夜は自炊してます。
ブルキナで手に入る食材(+日本から送ってもらう食材)で、自分好みの味付けの料理に挑戦するのが結構楽しいです。

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2008年11月 2日 (日)

日本援助の粉ミルクから…

前回の日記でお伝えした生中継、日本のみなさん見れたでしょうか?
環境問題を扱った内容で、示唆に富んだ有意義な内容だったと聞きました。

環境問題を考えると共に、また少し「ブルキナファソ」の知名度が上がったかな?

なかなか「ブルキナファソ」を日本のテレビや新聞で見聞きすることはなく、日本ではまだまだ知らない人が多く、馴染みがないのが現状。だからこそ、「日本でブルキナのことを取り上げた特集をやっていた!」と聞くと、めっちゃ嬉しくなります。

で、今日ニュース読んでると、「ブルキナファソ」関連の記事発見!
…と思ったら、いい内容ではありませんでした。残念。

「日本が援助の粉ミルクからメラミン検出、ブルキナファソ保健当局」

話題になってる中国製粉ミルクなんかな、やっぱり。
「すり替え」なんて話も出てるみたいですが…真相はまだわかりません。
でも、防げんかったんかな?
もう飲んじゃった子どももいるんかな?
受け取った小児健康センターの人はどう思ってるんかな?

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そういえば、何ヶ月か前に、大手外資系スーパーからAEMOに小ダンボール3箱分くらいの食料・飲料の寄付がありました。でも、全て賞味期限切れ!
もちろん所長はカンカンannoy
寄付してきた人たちは、AEMOの青少年やったら、それでも十分やろ、とでも思ったんかな。

路上で寝泊りしてて満足に食事もしてない青少年やから、贅沢言うな、とでも思ったんかな。

結局引取りにも来ず、しばらく所長の事務室に置いてたけど、こないだ全て処分してました。ちょっともったいない気がしたけど…まぁ仕方がない。

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今回のニュースの件、果たして誰かに悪意があったものなのか、無神経な人たちがいたからなのか、単なる事故なのかはわかりません。

でも、どうであれ、小児健康センターのスタッフ、子どもたちには知ったこっちゃない。
事実は一つ。
「日本人がくれたものは有害だった。」

「援助」は関係ない。
“贈り物”が有害で、信頼関係が揺らいだ。
ちゃんと非を認めて、信頼回復に努めることが大切やと思います。

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2008年11月 1日 (土)

ブルキナ最大イベント、日本で生中継!

Siao

本日(10月31日)より、僕が住んでいる首都ワガドゥグでは、2年に1度の大民芸品市『SIAO(シアオ)』が開催されています。

今回で11回目のSIAO、
11月9日までの10日間、アフリカ各国から集まった民芸品を求めて多くの人が訪れます。

なんと11月2日(日)日本時間18:00(現地時間9:00)からは、NHKで生中継されるそうです!テーマは「環境」らしいけど、一体どんな放送になるのか。乞うご期待。

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さて初日、他の協力隊員さんと同じく、僕も行ってきました。
17時半まで職場にいたので、着いたらもう真っ暗。

すごい人だかり。会場前の通りは歩行者天国。
おびただしい数のバイク、自転車。
ここぞとばかりにあちこちに駐輪所をつくって商売をする人たち。
たしかに儲けドコロ。
売り子もたくさん。若者からちっちゃい子どもまで。
そしてお金のねだりどころでもある。
訪れるのはお金持ちばかり。
僕の職場の同僚や所長も「高くて買えない。買えないのに行っても仕方がない。」と言って全く行く気配なし。

ブルキナ最大イベント、と言っても、一体国民の何%が本当に楽しんでいるのだろう?

そういう同僚の影響もあってか、実は僕自身、他の日本人さんみたいにSIAOで買い物する気なし。そもそも、12月に任国外旅行を控えていて予算も組めず…。でも、2年に1度、国を挙げて催すイベントはどんなものか興味津々。

ぐるりとまわってきました。入場料500Fcfa。ここですでに一般人にとっては第一関門。
僕が着いた時間は晩ご飯どき。いい匂いがして、あちこちで音楽ガンガン。
ステージでパフォーマンスをしているところには人だかり。

売り場は、日本でもあるように、大ホールの中に壁で仕切られたいくつものブースがあるような感じ。フェスティバル、のような。その大ホールが4つ。うち2つはクーラー付で入場料さらに200Fcfa。

さすがに惹かれるものばかり…!
“物欲”はこわい。職場の同僚の言っていたとおり。
「行くと欲しくなる。でも買えない。それが悲しいから行かない。」
たしかに見なければ、知らなければ欲は出ないし、なくて人生こまるものではない。
もっとお金使うべきことがある??

もともとブランドとか全く興味なかったけど、ブルキナに来てさらに“物欲”がなくなった、いや“物欲”の種類が変わった気がしする。たしかに自分の好みのものを身に着けたいし、そばに置いておきたい。でもそれに翻弄されるのはおかしい。

ガーナ、マリ、セネガル、コートジボワール…
いろんな国の人がブルキナまでそれぞれの特産品を持ち寄って商売をしている、その様子、表情を見るのはおもしろい。でもどうせなら、それぞれの国で、それぞれの街でふと立ち寄っていいモノ見つけて購入、の方が楽しいな。

会場を出ると、入場料が払えず入れないのか、入り口前にはたくさんの人だかり。

僕が出てくると、待ち構えていたように寄ってきてお金をねだる子どもたち。
彼らにとっては、各国のお土産なんか関係ない。
たくさん人が集まって、お金をもらえるかもしれないチャンスにすぎない。

うーん、見方がネガティブなんかな?
もっと単純に楽しむべき??
でも、この1年半で、豊かさ、楽しさ、華やかさの裏側に目を向ける姿勢が身につきました。
これはプラスやと思う。

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2008年10月18日 (土)

遺志は継がれているか

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1987年10月15日、ブルキナの偉大なる革命家が暗殺されました。

彼の名は、トーマス・サンカラ

1983年から亡くなるまでの4年間ブルキナの大統領を務め、死後21年経った今なお多くの国民を支持と尊敬を集め続ける、文字通り「英雄」です。

彼は1983年、仲間とともにクーデターを起こし、大統領に就任、84年には当時「オートボルタ」だった国名を今の「ブルキナファソ(『高潔な者たちの国』の意味)」に変えました。
そして、農業、教育、保健医療、インフラ整備…、4年間でブルキナは大きな成長を遂げました。

去年、サンカラのドキュメンタリーを見ましたが、仏語が聞き取れなくても映像からわかったのは、サンカラはブルキナ国民の「自立心」「自尊心」をとにかく育てようとしたということ。
ブルキナに限らず、多くのアフリカ諸国は旧宗主国による管理がいたるところに残っていて、経済面でも社会面でも大きく依存したまま。独立後もいつまでもアフリカを支配下においておきたいヨーロッパの陰謀?

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わずか4年で大きな成果を挙げ、国民に自信と希望を持たせたサンカラの改革は、「親友の裏切り」によって終わりを遂げました。
サンカラと共に革命を起こし、4年間共に改革を進めてきたブレーズ・コンパオレ(上写真左端)。
「サンカラ大統領が独裁的且つ行き過ぎた社会主義路線をとっているとして同政権をクーデターにより打倒」し、サンカラを含め革命の同志13人を殺害しました。
90年サンカラがとってきたマルクス・レーニン主義を放棄、91年大統領に就任。

それから現在まで、コンパオレはいまだに大統領の地位にいます(現任期は2010年まで)。

サンカラのとった改革は、旧宗主国フランス支配からの脱却を図った先進的なもので、それはフランスと密接な関係にある近隣アフリカ諸国の政権、そしてフランス本国政府にとって脅威そのもの。そこからコンパオレに、サンカラ暗殺の指令が…!?

さて、前置きが長くなってしまいました。。。
そうして、もとの「ふつうのアフリカ」に戻ってしまったブルキナファソ。
偉大なる指導者を慕う声はいまだに多くの人(ほぼ全員?)から聞かれます。
サンカラとその仲間の墓地で開かれた、今年の没後21周年セレモニー(15日)にも多くの人が参列していました。

12 2007

写真左、セレモニーにて。中央がサンカラのお墓。その周りを同士の墓が囲む。
写真右は、去年の12月に撮ったもの。20周年仕様。どうやら毎年10月15日に塗りなおしているみたい。

不思議なのがこのセレモニー、明らかに「アンチコンパオレ」「現政府への抵抗勢力」のはずなのに、取り締まり一切なし。しかも国家歌ったり、装飾もしかっり行い、演説もあり、と大々的な内容。

そういえば、新聞・雑誌でも「親サンカラ・反コンパオレ」のものをよく見かけます。
あまり厳しくないみたい。(明らかな国民の反発を避けるためか…。)

演説中は、サンカラを称える言葉が飛び出すたびに、まわりから拍手と大声援。
「メルシー!メルシー!イャー!」
政府テレビのカメラマンも参列してたけど、立ち上がると大ブーイング。
「帰れ、コノヤロー!」

周りに集まった人は、老若男女様々。
おそらく、年配の方は、当時の思い出などにひたっているのでしょう。

じゃあ、10代、20代の若者は?当然、当時の記憶なんてないか、あやふや。
(ちなみにサンカラ殺害時、僕はは4歳)
サンカラの偉業そのものを称える、彼の遺志を継ぐ、というよりも、一種の「マスコット化」してるのではないかという印象を受けます。
それを最も感じたのが、セレモニー後のサンカラ墓前での記念撮影。

おい、墓に足かけんなよ…。いや、上乗ってしまってるし…!

物価高騰に対するデモのときも、単なる破壊を楽しむ若者(不良青少年)が暴れるけど、サンカラにしても生活が苦しい若者に単に担ぎ上げられているだけではないか。
彼の思想、遺志は隅に寄せられて…。
ふと、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラが頭をよぎりました。
Tシャツや帽子でよく見かけ、いまや「ファッション」になっている人気革命家。
仕方ないんかな~。そういう自分もサンカラやゲバラの功績、思想をちゃんと知ってるわけではないけど、でも年月が経っても慕われている彼らにとても好感をもってるし。

彼らの遺志はどう受け継がれていくのか。これからの世界をどう変えるのだろうか。

Photo_3 サンカラがプリントされたTシャツを着た支持者。
通称サンカリスト。

「自分も欲しい!!」というと、「サンカラ党(ブルキナ野党。サンカラの弟が活躍中)」代表が出てきて1枚くれました。

ラッキー♪ …単なるミーハー。

Photo_4 セレモニー参列者に向けて、サンカラブロマイドを販売する人。この他にも、サンカラ演説集なども。

1枚300Fcfa(75円)。
明らかに写真の写真やけど…2枚買いました。
商売上手やねぇ…

…って、そこ人んちの墓やん!!

Photo_5 セレモニーは16時から約1時間でした。
セレモニー後は、学校帰りの小学生の姿もたくさん。

「この人、だれか知ってんの?」と聞くと、
「…プレジダン(大統領)。」

この子たちがこれからブルキナをどう変えていくのかだろうか。

トーマス・サンカラについてさらに知りたい方は、
「世界の半分が飢えるのはなぜ? 【著】ジャンジグレール【訳】たかおまゆみ 合同出版」
(P.134~151)がオススメです。

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